あー疲れた。
某外資系企業の3日間のインターンシップが終わった。
疲れているのでいますぐにでも寝たい…。
そんなに得意ではないのに3日間英語漬けだったので、なんかテレビを見てても、
流れている言葉から、自然に英単語が浮かんでくる。
本で勉強するより外国に住んだ方が、語学は身につくというが、本当のようだ。
で、気付いたこと一つ。
会話の端々でカタカナ語が出てきたときに、妙に英語っぽくいってみたり、最近流行のルー語みたいに日本語と英語が混じったような話し方があるが、あれは何もかっこつけようとしてやっているのではないなぁと思った。
頭の中に浮かんだイメージを言語に落とし込むわけだが、落ち込む先が日本語、英語、のどっちに転ぶかによって、口から出る言葉が変わってくる。
きっとちゃんとしたバイリンガルの人は、その区別が頭の中でちゃんとできていて、きれいな日本語、きれいな英語を使い分けられるのだろう。
でも、その区別がちゃんとできていないと、まるで綱渡りをしているように、頭の中のイメージが、ときには日本語に、ときには英語に落ち込んでいく。
で、口から出る言葉が、日本語と英語が入り混じった、少しおかしな感じになるんだろう。
今までは、そういう話し方をする人を見ると「けっ、かっこつけやがって!」と思っていたが、
これからは「この人も綱渡り中なんだな。」と思うようにしよう。
テーマ:日記 - ジャンル:日記
- 2008/02/29(金) 21:49:38|
- 日記
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
うぅ。
現在、疲労困憊中…。
なんとかして力を出さねば…。
テーマ:日記 - ジャンル:日記
- 2008/02/27(水) 22:56:09|
- 日記
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
じっくりコトコト煮込んだスープがおいしいように、ゆっくりと着実に鍛錬した頭は強いらしい。
最近の流行りとして、頭を鍛える○○力なんていうのがあるが、ああいう方法論を他人から教えてもらって、それで鍛えた気になっているのは、単なる自己満足でしかないんだろう。
本当に必要なのは、自分の感情とか現状、将来とかをじっくり考えてみることだと思う。
言うは易しで、これはなかなかしんどい。
実際見たくない部分もあるわけやし。
ってことで、○○力なんて本を読んで、その気になる。
ん〜…このままではいかんと思いつつ、なかなか気が向かない。
本当に頭の力をつけようと思うと、筋トレばりに、それか筋トレ以上に苦痛を伴うみたい。
テーマ:日記 - ジャンル:日記
- 2008/02/26(火) 00:05:59|
- 日記
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
今日は久々に眼科へ行った。
去年の9月に屋久島へ行ったのだが、それ以来、左目の下まぶたが少しはれている。
http://manzokudays.blog99.fc2.com/tb.php/65-9d6ceb98
何回か眼科へ行き、薬をもらったのだが、なかなか治らない。
どうもブドウ球菌が入ったらしい。
今日行った眼科は、以前一度行ったことのある眼科で、そのときは「一ヶ月後に来て下さい。」と言われていた。
それから、はや4ヶ月。
就活やなんやらで、ずっと行ってなかったのだ。
眼科医:「前回一ヶ月後に来て下さいと言ったのに、ダメですねー。」
僕:「すんません。」
眼科医:「治りにくい病気なんですから。ちゃんと来ないとダメですよ。」
僕:「すんません。」
と始終謝っていた。
診察を終え、今回は、より強力な薬をもらった。
前回もらった薬は、殺菌の対象となる菌種が広範囲な薬らしく、色んな菌に効くが、効き目は弱いらしい。
今回のはブドウ球菌に特化したもので、殺菌効果もアップしてるそうだ。
なるほどそれはいい。
で、ここで思ったのだが、こういう殺菌作用のある薬なんかをもらったときは、悪い菌を退治できてよかったよかった、と思うが、殺菌作用のある農薬を使っています、なんて聞くと、多くの人は突然構えてしまう。
これはなんだか矛盾しているように思う。
「菌を殺す農薬なんだから、人の体にも影響があるはずだわ。」
なーんて言ってるおばさんもちょっと考えてみてほしい。
直接体に触れる薬の方が、人体への影響を心配していいんではないだろうか。
農薬=悪
薬=善
っていう無意識のフィルターがどうしても流布しているようだ。
ちゃんと勉強すりゃ、農薬だって、目薬と同じで、対象となる細菌にだけ効いて、人体には影響が内容に設計されていることが分かる。
ただもちろん、選択性がなくて、色んな生物に効いてしまうものもある。
今回のニュースになった、メタミドホスなんかそうだ。
けど、何が人体に悪いのか、また、何が人体に悪くないのか、をもう少し詳しく勉強すれば、自分の中に、農薬=悪という認識があったことが分かるだろう。
知らず知らずの内に、自分達の中に、間違った価値観が作られているんだなぁ、ってことに気付いた出来事だった。
テーマ:日記 - ジャンル:日記
- 2008/02/24(日) 23:33:54|
- 日記
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
電車の中で思わぬものを紙袋に入れてるおっさんに会った。
鍵付き傘立てが紙袋から飛び出していた。
よくスーパー銭湯やホテルなんかにある、鍵を使って傘を立てるアレだ。
長さおよそ1m。
まぁ、どっかに売ってるから存在してるわけだが、電車の中でアレが紙袋から飛び出してる姿はなかなか異次元的だった。
お店用じゃなく個人的にアレを所有してるなら、なかなかすごい奴だと思う。
バイトでお金を貯めて買ってみようか。
あらゆる人に否定される気がする。

テーマ:日記 - ジャンル:日記
- 2008/02/23(土) 23:25:31|
- 日記
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
3月に学会が2つある。
前々から分かってはいたが、よくよく考えてみれば2つをこなすのはかなり忙しい。
おまけに、定期的に現れる「実験したくない熱」が出てしまったので、やる気が起こらん。
なんとかせねば…。
しかし、まぁ就職活動が2月いっぱいでほぼ終わることも分かったので、それはそれで嬉しい。
いやはや長かったなぁ。
そして辛かったなぁ。
結局、就活が楽しいと言う人の気持ちは、分からずじまいでした。
テーマ:日記 - ジャンル:日記
- 2008/02/21(木) 23:42:45|
- 日記
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
高校の履修問題がちょっと前から問題になっていた。
僕の高校でも、いくつかの教科は教わっていないような気がする。
理系クラスだった僕は、日本史、世界史は近代史だけやって、地理については全く授業がなかった。
理科については、2年生のときに物理or生物の選択になり、僕は生物系の学部に進むことに決めていたから、生物を選択した。
なので、高校物理は1年しか勉強してない。
たしか、バネ係数kで知識が止まっている。
大学に入ってから、ちょこちょこ物理は勉強したが、高校物理をさっらと概観したいと思ったので、僕はこの本を読んだ。
読んでみると、思った通り知らなかったことがたくさんあった。
特に電磁気学なんかは、生物系の学部ではほとんど触れない(電子伝達系でeくらいは出るが、磁気については皆無といっていい)。
世の中、面白いことがまだまだたくさんあるなぁとつくづく思ってきた。
なんか就職活動を始めて、自分の将来のことなんかを考えるようになってから、視野がものすごいスピードで広がった気がする。
今までは、研究者になるってことしか考えてなかったから、どうしても自分の興味の対象が偏りがちだった。
だから、今になって、世の中のいろんなことに興味が持てるようになった。
今、一般教養の授業があったら、色々受講したいと本気で思う。
けれども、現状はその逆で、実験、実験、実験の毎日…。
もしかすると、こういう気が起こるのも、暑いときにクーラーが恋しくなり、寒いときにストーブが恋しくなるのと同じなのだろうか。
うーん…。でも、一般教養づくしだった学部1回のときに「実験したい!」とは思わなかったので、少し違う感覚のようだ。
- 2008/02/20(水) 23:53:14|
- 本
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
大リーグで活躍することになった、福留が悩んでいるらしい。
その理由は名前だ。
FUKUDOMEが英語ではFuck you, do meに聞こえるらしい。
「犯すぞ!そして犯してくれ!」
確かに、世の中言っていいことと悪いことがある。
似たような話を助教の先生から聞いたことがある。
その先生はポスドク時代にオックスフォードで研究していたらしいのだが、
「analysis」(分析・解析)を略して、「anal」と発音していたらしい。
外人の研究者はそのたびに笑いを堪えてたらしい。
あ、なるほど、それは確かにまじめな研究の会話では用いるべき単語ではない。
もう一つ、生物系の雑誌の一つに、米国科学アカデミー紀要 (The Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)とうものがある。
略してPNAS。
日本人の僕達はこれを「ピーナス」と発音する。
すると向こうの人には、男のあそこに聞こえるらしい。
なので、そういう言い方はやめろと注意されたことがあるそうだ。
誰も下ネタを言おうとしてる訳じゃないのに、悲しい話だ。
英語と日本語の2言語間だけでこれなんだから、他の国のいろんな言葉も組み合わされば、
大抵の言葉はどっかの言語の下ネタに該当するのかもしれない。
こうなるといかに異文化コミュニケーションが難しいか分かる。
と、なんとも下らん結論を出してみる。
テーマ:日記 - ジャンル:日記
- 2008/02/19(火) 00:14:04|
- 日記
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
今日は通天閣当たりをブラブラ節。
通天閣界隈、というと、大阪でもメジャーな観光スポットと思われがちだが、当の大阪市民にとっては、そんなに何度も足を運ぶ場所ではない。
少なくとも学生の段階では。
その理由はなんといっても治安が悪いことだ。
行ってみたことのある人は分かると思うが、漂っている雰囲気が明らかに梅田や難波とは異なる。
DANGER!!!
という標識があちこちに立っていても、違和感を感じないだろう。
もちろん、あの地で働いている方々には大変申し訳ないとは思うが、正直、恐いという印象をうける。
Black side of OSAKA を体現しているのが、あの土地のような気がする。
けど、大阪から通天閣界隈の雰囲気を取り除いてしまうと、それはもう大阪ではないような気がする。
全部が全部、梅田のような街になってしまったら、それはもう大阪じゃなくて、東京のばったもんになってしまう。
あの危うさ、あの意味の分からんさが、大阪にとってなくてはならないもので、他の都市と大きく差をつける部分だと思う。
だって、他の街で、ビニール袋からうんこを道路に撒き散らして、その後、自分で撒いたうんこをトイレットペーパーで一生懸命掃除する母と娘を見ることはないだろうから(笑)。
(この前、カフェでコーヒーを飲みながら、窓の外を眺めたときに見た風景)
テーマ:日記 - ジャンル:日記
- 2008/02/17(日) 23:38:22|
- 日記
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
最近色々とプレゼンを聞く機会が多い。
というのも、年度末に入ったので、M1の僕は1っこ上の先輩の修論発表練習を聞き、
また、1っこ下の後輩の卒論発表練習を聞くことが多いからだ。
当たり前のことだが、プレゼンには上手い下手がある。
本屋のビジネス書の棚なんかにはプレゼンスキル云々という本がずらっと並んでいるので、
大勢の人が、プレゼンの上達に躍起になってることが伺える。
で、何事もそうだが、プレゼンスキルの本を読むだけじゃなくて、実践することで、その能力は
大きく高まるなぁ、ってことを色んな人のプレゼンを聞いてて感じてきた。
分子生物学っていうのは、対象とする生物やタンパク質が異なるだけで、研究者間の「当たり前」がかなり違う。
もちろん全ての生物は細胞でできているわけだから、細胞に関する知識はみんなで共有できる知識だが、それでも細かい部分で自分にとっての「当たり前」が、他人にとって「当たり前」でなくなることは多々ある。
それを解消するために、全てのプレゼンにはIntroductionの部分があるが、ここで転ぶと後で取り返しがつかないってことが、よく分かった。
どうしても自分が専門としていることには、細部にこだわって説明したいわけだけど、聞いてる方はというと、そんなことはどうでもよくて、これから続く「結果」「考察」の部分で違和感がなくなる程度の枠組みを欲しいだけだ。
先生達が学生に対して、プレゼンの指摘をするときでも、その先生が専攻している領域になると、「そんなんどうでもいいやん。」ってことを、こだわって訂正させまくっている。
人間、大人になっても、自分の領域になると、Introductionの本来の役割も忘れて、感情的になってしまうんだなぁと思った。
「何を話そうか」じゃなくて、「何を伝えたいか」を考えなさいっていう、どっかの面接対策本に書いてあったことが、実感をもって理解できてきた。
でも、他人のやってるのを見ると、ここが違うとか、ここがいいとか思える余裕があるけで、
緊張しぃの僕は、プレゼンの最中はしゃべるのに必死で、考える余裕がなくなってる気がする。
スキルだなんだと言っても、緊張してたら意味ないしなぁ…。
人前で脱糞できるほどのハガネのハートが欲しいものだ。
やっぱそれはやりすぎか…。
テーマ:日記 - ジャンル:日記
- 2008/02/17(日) 22:41:11|
- 日記
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
就活の面接のときは確かに緊張する。
心臓の音が聞こえてくるくらい、ドキドキすることもある。
でも、今日経験した恐怖からすれば、そんなものはちっぽけなものだ。
ことが起こったのは、帰りの電車。
時計がちょうど午後10時を指したくらい。
いつものごとく、僕は先頭車両の席で本を読んでいた。
ふいに、車両間の扉が開く。
背の低い50代くらいのおばさんが現れた。
何かしゃべりながら、歩いている。
ふと、席に座っている女の人に何かをしゃべり始めた。
急に来て、急にしゃべりかけるってことは、この人達は知り合いなんだろうな、と僕は思った。
話している言葉が、僕の耳に届く。
「家に帰ったら、…(聞き取れなかった)…という言葉を辞書で調べて下さい。
今、まさに世界は変わろうとしています。」しゃべりかけられた女性は怯えたような目をしている。
おばさんはにやぁーっと気持ちの悪い笑みを浮かべている。
その瞬間、車両内の空気が変わった。
周囲の人々が危険を感じ、必死に目を合わさないように努めていた。
「……の光明は…ならず!!……をして…したまえ!!!」
「……の光明は…ならず!!……をして…したまえ!!!」
「……の光明は…ならず!!……をして…したまえ!!!」およそ現代人の言葉とは呼べない、呪文のようなものを大声で唱えながら、車両内を一直線に歩いている。
僕の横を通りすぎる!
僕は思わず、目を合わせまいと窓の外を見ようとした。
しかし、意識はしてなくても、窓ガラスに映ったおばさんの姿が目に入ってしまう。
そして、なぜかおばさんも窓ガラスの方にふいに首を向ける!
にやぁー…
奇妙の笑みが窓ガラスに映っている。
目が合ってしまった。僕は、とっさに本を取り出し、読んでいるふりをした。
なんとしても話しかけられないように。
もちろん、本の内容なんて頭に入る訳もない。
不快指数の高い心拍数の増加だけが僕を支配する。
「来んな!来んな!来んな!」
おばさんが近づく。
しかし、おばさんが声をかけたのは隣の席の人だった。
「これだけは覚えていてください。世界は……。」
僕は恐怖の余り、目をつぶり、眠っているふりをした。
おばさんは、電車の先頭にたどり着くと、Uターンし、再び呪文を唱えながら歩き続けた。
そのまま、次の車両へと移っていった…。
ほっ…。
その後、僕が降りる駅に着くまで、おばさんが現れることはなかった。
いやー本当に恐かった。
電車で会うなら、態度の悪い酔っ払いの方がましだ。
宇宙人と遭遇した人はきっとこんな心持ちなんだろうなと思った。
テーマ:日記 - ジャンル:日記
- 2008/02/16(土) 00:17:50|
- 日記
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
昨日書き忘れたが、昨日の朝の寒さは異常だった。
大阪じゃ年ぶりに5cmを超える積雪を記録したらしい。
僕は友達の家に泊まっていて、ほとんど眠ることもできなかったので、
朝の寒さが余計に体にこたえた。
銭湯へ行きたいと思い、あちこち自転車こいで探し回ったが、平日の銭湯は
大体昼からしか開いてないことを知り、単なる寒中チャリこぎに終わってしまった。
おかげで、少し風邪っぽくなってしまった。

思わず携帯で写真を撮ってしまった風景。
誰がどう見ても雪国にしか見えん。
研究室の助手の先生が読め読めと勧められていたが、ながらく読んでなかった本。
古本屋でたまたま見かけたので読んでみたらなかなか面白かった。
著者の主張は、若者が3年で会社を辞めてしまうのは、年功序列制が破綻してしまったため、というもの。
「会社のレールに乗ってしまえば、50歳になる頃には、高給のポストにみんなが就けるから、若いうちは文句を言わず、馬車馬のように働きなさい」という一種の暗黙の契約のようなものが、成長の完了したこの国では、50歳になってみんなが就けるようなポストを生み出していくことができず、若者は一生馬車馬のままかもしれない、と考えるようになったと著者は語る。
著者は、年功序列制を全面的に否定するわけではない、と言っているが、どう考えても否定してる感がいなめない。
なので、ちょっと偏った考え方なんだろうなぁというのが僕の感想だ。
けど、僕自身も旧態依然とした社会の閉塞感や、著者のいう体育会系の「主体性のなさ」には大嫌いなので、結構共感する部分もあった。
特に、リヴァイアサンを引き合いに出すところなんかは、ノリノリで書いてるんだろうなぁ、っていうのが伝わってきた。
実は今、優良大企業と優良ベンチャーから内定をもらってるので、どっちを選ぶか結構悩んでいる。
今回読んだこの本は、「ベンチャーに1p!」って感じだ。
でも、大企業も必死になって変わろうとしてるだろうし、必ずしもこの本で語られているような負の側面だけじゃないと思う。
なので、次は大企業を誉めるような本を読もうか…。
ってそんな本あるんやろうか?
物事両面的に見てから判断したい。
テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌
- 2008/02/14(木) 23:30:53|
- 本
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
今日は帰りの電車の車掌さんが凄かった。
もう、のっけから、
「扉よーし!」
「時刻よーし!」
「発車!!」
と、何かのスーパーロボットのパイロットのように大声を発していた。
乗客はみんな
「何じゃ!?」
というような顔をして、おちついていられなかった。
特に車両の先頭付近に座っていた外国人は、車掌の声が余りにもうるさいので、席を替えてしまう始末。
もし、あの外国人が旅行者で、自分の国に帰ってから
「日本の車掌はクレイジーなくらい、大声を発する!あれはManga文化の現れだ!」
なんて、縁も所縁もないことを言われたらどうしよう…と一人でそわそわしてしまった。
途中の駅から乗ってくる人も、車掌の声にあっけをとられていた。
おまけに、余りにも声がでかいので、寝ようとしても、たびたび目を覚まされた。
きっと電車が大好きなんだろうなぁとは思うけど、少しは乗客のことも考えて下せえ。
テーマ:日記 - ジャンル:日記
- 2008/02/13(水) 23:58:51|
- 日記
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
今日は2008年2月11日。
2008年が始まって一ヶ月程しか経っていないけど、今年読む本の中で一番のものに早速出会ったのかもしれない。
今回読んだ本は「群論」を主題にした、とても面白い本だ。
僕自身は数学が好きなだけの、生物系の学生なので、群と言われても、ぺらぺら語れるほどの知識はないが、この本は全く専門の知識を必要としない、一般読者向けの本だったので、とても読みやすかった。
本の内容はというと、群論を通して様々な分野の現象を物語るというものだ。
主な分野はもちろん数学だが、数学以外にも物理学、生物学、あるいは恋愛などについて、豊富な例を使って、群論の世界が述べられている。
数学の部分でも、単に群論とはこんな感じのもんですよ、と述べるだけでなく、方程式の可解性を巡るドラマに多くのページが割かれている。
中3か高1で習う、2次方程式の解の公式というものがあるが、この次数が5次以上になると公式は存在しなくなる。
5次方程式の解の公式を巡る、数学者達の戦いが最終的に若き天才数学者ガロアの手で群論へと結実する。
このことはいくつかの数学関係の読み物や、大学受験のときに何かで読んだことがあったが、5次より前の、3次、4次方程式の解の公式の探求に、カルダノ、タルターリャという数学者の泥臭い争いがあったことは、この本を読んで初めて知った。
詳しく書くと長くなるのだが、要するにこの2人が、どっちが先に公式を発見したかについて、結構複雑なひともんちゃくがあったということだ。
今も昔も、発見とは一番目に見つけた人にしか、その栄誉は与えられないのだなぁ、と感じた。
本の後半は、群論が他分野でも力を発揮することについて、物理学をメインに述べられている。
量子力学、一般相対性理論の中にも対称性が多く見られ、群論がその進歩に大きく貢献している。
あまりにも、多くの分野で群論が活躍するので、著者は大きな問いを打ち立てている。
「この世界は対称性で成り立っているのか?」
「それとも、人間が対称性を通して、世界を見ているだけなのか?」
この問いに関する著者、そして数学者、物理学者の答えは、対称性を通して世界を見ているだけ、というものに近い。
ただ、そうは言っても、対称性、群論の力は相当なものだと著者は述べる。
そして近い将来、この群論を超える様なものの見方が現れるだろうと著者は予想している。
全ての物理学者が夢見る統一理論 Theory of everything の完成は、未来の天才が見出すであろう、群論を越える数学的理論によりなされるだろう、と最終章で述べられている。
世界が対称性で成り立っているのではなく、僕達自身が対称性という色眼鏡を通して、世界を見ているにすぎないと考えると、やっぱり僕達は何らかのパースペクティブに立ってでしか物事を見れないということが痛感させられる。
けれど、それを進化させたり、新しいパースペクティブを生み出していくこともできる。
真理なんてないのかもしれないけど、頑張れば近づくことができると信じたいものだ。
テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌
- 2008/02/11(月) 22:46:28|
- 本
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
この冬初めて本格的に雪が積もった。
雪が積もっている街の景色は、普段見ているものと変わっていて新鮮だった。
新鮮なものを見ると、ついつい心が躍ってしまう。
子供は新鮮なものを見ると、すぐに行動に移るから、道路できゃっきゃっきゃっきゃっしていた。
僕ははしゃぐどころか、滑ってころばないように慎重に歩くばかりだった。
そのせいで、今日は一段と疲れた。
3月に北海道に行くことになったので、雪慣れせんと。
テーマ:日記 - ジャンル:日記
- 2008/02/10(日) 00:00:08|
- 日記
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
最近ものすごく眠い。
特に電車の中。
外が寒くて、車内が暖かいから、眠たくなってしまうのだろうか。
ふいにガクン!と眠ってしまうときが最近多々ある。
今朝も案の定、電車で眠ってしまった。
ふと目を開けると、前の席のおばあさんが、僕の方を見てニコニコ笑っていた。
何かの見間違いかと思い、一度目をそらして再び見てみると、やはり僕の方を見てスマイルを振りまいていた。
とっさに、僕の頭の中に過去の記憶がフラッシュバックした。
高校生のとき、部活の帰りの電車の中で、僕は眠っていた。
ふいに笑い声が聞こえ、僕はそれで目を覚ました。
見ると、前の座席の男の子が笑っている。
母親が「こら、見るんじゃありません!」と子供を叱っていた。
どうやら男の子は僕の方を見て笑っている様だった。
僕は一瞬笑われている理由が分からなかったが、視線を下に下ろした瞬間に全てを理解した。
制服によだれ。
僕は、よだれを垂らしながらぐーすか寝ていたわけだ。
慌てふためいた僕が、その後、すぐによだれをふいたのか、意味も分からず知らんぷりしたのかはよく覚えていない。
そんな記憶が脳裏をよぎったので、僕は今朝もあわてて視線を下に下ろした。
…
…セーフ
よだれはなかった。
「笑われる理由なんざないぜ。」と少し勝ち誇った顔をしたが、なぜだかおばあさんは依然として、そのスマイルを解かなかった。
そして、そのまま次の駅で電車を降りてしまった…。
あの、微笑みの意味はいったいなんだったのだろう。
まさか寝言でとんでもないことでも言ったんだろうか…。
それともまさかおばあさんが寝ている僕に何かイタズラでもしたんだろうか。
学校へ行ってトイレで鏡を見ても何もなかったので、おばあさんが僕の寝顔に落書きをしたという最悪のケースは免れたようだった。
- 2008/02/07(木) 00:08:11|
- 日記
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
この前は、いけてないと思ったが、いけてた、という何とも幸せな経験をしたが、
今回はその逆で、いけてると思ったが、いけてなかった。
もちろん就活の話。
当たり前だが、これはかなり辛い。
1時間くらい無心状態になった。
人間はこの手の絶望を回避するために、予め良くない結果を予測する傾向があるらしい。
いや、ほんまにこれは回避しなあかんくらい辛いことやわー…と身をもって痛感した。
でもほんまにいけてたと思ったのになぁ、としぶとく言い訳してみる。
- 2008/02/05(火) 23:57:07|
- 日記
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
先週末は就活で東京へ行っていたが、帰りの新幹線ですごい光景を見た。
新幹線の座席の前にある、小机みたいなやつの上に隣のおっさんが紙袋を倒して置いていた。
ちょうど紙袋の口がおっさんの方を向くように。
僕は本を読んだり、寝たりで初めは気付かなかったのだが、ふと目をやると紙袋がもぞもぞ動いていた。
すると突然、紙袋から子犬が顔を出した。
ものすごくかわいかったが、こんなことしていいのだろうか?
おっさんが寝ると犬も寝てしまったので、絵的になんか面白かった。
テーマ:日記 - ジャンル:日記
- 2008/02/04(月) 23:59:44|
- 日記
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
ピペドという言葉がある。
僕らみたいな、生命科学の実験系の学生やポスドクのことで、
ピペット土方や
ピペット奴隷の略を指す。
要するにピペットマンを使ったパートのおばちゃんでもできるような実験に多くの時間を費やし、専門知識(もちろん実験知識以外)や理系的思考法などを身につけることができない人たちのことだ。
その結果、ポスドクなら不安定な身分、学生なら就職難に苛まれることとなる。
くわしくは
こちら。まぁ自分のことを馬鹿にするのは嫌だが、ピペド的な面が生命科学系の分野に広く存在するのは間違いない事実だ。
ピペドという言葉は多分2ちゃんねるから発祥したと思うのだが、生物板や就職板では、ピペドに関するスレッドがいくつかある。
生命系の学部が色んな大学で新設されているが、普通の人はバイオの発展に貢献する好ましい流れと思うかもしれないが、そこにいる学生達は、まさに
ピペド化の波に飲まれているのだ。
こういう言い方をすると、よく名前も分からない私立大学だけの問題と思う人もいるかもしれないが、旧帝大だって生命科学系なら同じ問題を抱えている。
事態は結構深刻なのだ。
ピペドに関する2ちゃんねるの書き込みの多くは、偏った意見や、悪ふざけが多いのだが、ピペド問題の根源をうまく突いた書き込みを見つけた。
ピペドなんてそんなもん
日本で今えらくなっている生命科学研究者がアメリカの後追いだから
日本の生命科学教育機関がテクニシャン養成機関になった。
歴史を紐解くと、生命科学で大きな発見をしている人は物理や化学出身者。
分子生物学は生物を物理や化学の言語で記述する学問。
なのに日本は物理、化学を等閑にし、すぐに学生を労働力として使えるようにするため
既存のラボテクばかりを最新のバイオテクノロジーと称し、学生に教えてきた。
それが間違い。
今の日本の教育体系ならバイオは理学部化学や工学部化学の一研究室にするほうが
絶対に発展が望める。 本当に、ごもっともだ。
生命科学系学部の乱立の波が止まることを知らない昨今、この問題は解決されずに、より進行していくような気がする。
まぁ、日本の人口から言えば少数であることは間違いないから、国からの救いの手を求めずに自分達でなんとかしていかなきゃいけないんだろう。
あっ、少なくとも教授陣は解決するつもりがないから、自分達というのは学生のことやよ。
テーマ:研究者の生活 - ジャンル:学問・文化・芸術
- 2008/02/03(日) 23:10:32|
- 日記
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0
最近よく駅で見かける注意書きがある。
エスカレーターでは歩かないで下さい。そういえば、この前テレビで、エスカレーターで歩くことは危険なので、歩かずに、立ちっぱなしでいるのが正しいと言っていた。
で、そんな注意書きがあるから何かが変わったかというと、何も変わっていない。
当たり前だ。
そんな注意書きを貼ろうと言い出した人は、朝の通勤通学時にエスカレーターを、ぼーっとみんな突っ立って乗っている風景を期待したいのだろうか。
あんなけ忙しい時間にみんながみんな突っ立っていたら、イライラしだす人がたくさん出て、それこそもっと危険だ。
もちろん、注意をする側の言い分も分かる。
おじいさん、おばあさんが、ただでさえ危ないエスカレーターで、ずかずかと歩く人にぶつかりそうになって、危険な目に合うこともあるだろうし、時には将棋倒しになることもあるかもしれない。
でも、大体の場合、エスカレーターは歩く人レーンと、立ってる人レーンが自然と分かれるんだから、それにしっかり従えば、そんな危ない目に合わないはずだ。
「エスカレーターで歩かない」じゃなくて、「エスカレーターの右側で歩かない、左側を歩くときも急かさない」ということを徹底した方がよっぽど現実的な注意書きだと思う。
そういえば、エスカレーターの歩く側は、東京では右、大阪では左になっている。
就活で東京へ行く機会があるときなんか、新大阪では、左側を歩き、東京では右側を歩かなくてはならないので、ときどき頭がごっちゃになる。
このルールの理由として、江戸は武士が多かったから、刀の鞘がある体の左側を人に向けないようにするために、左側の人が突っ立っている、ということを耳にしたことがあるが、それはどうやら嘘らしい。
そりゃ江戸時代にエスカレーターなんかない。
Wikipediaに万博云々と理由が書いてあったが、ほんとのところはどうなのだろう。
東京か大阪のどっちかが相手に合わせて全国で統一したルールにしようとする気が全くないところに、東京大阪の変な意地の張り合いが見て取れる。
テーマ:日記 - ジャンル:日記
- 2008/02/02(土) 23:25:14|
- 日記
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0