あらゆる選択には妥協がつきものだ。
科学的真理にしても、どの様な公理をとるか、どの様なモデルを前提にするかは、ある種の「えいや」が常に必要である。
あまりいいたくないが、そこには妥協が存在する。
綺麗な言葉でいえば納得とか了解と言うんだろうが結局は同じことだ。
妥協が存在することを前提として、そこで一歩踏み込めるのかどうかが、意志の見せどころなんだろう。
色々考えるけど最終的に行きつくのはいつもこんな感じだ。
- 2008/04/30(水) 23:11:11|
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鳥居みゆきが結婚していたとか、していないとかで揉めてた今日、僕は鳥居のいっぱいある伏見稲荷へ行った。
鳥居がこれでもかというくらいいっぱいあるわけだが、それを全部見るのは結構大変なことだと分かった。
恐らく、ほぼ全てのコースを歩いたと思うのだが、全て終えた後には結構足腰にガタがきた。
運動不足気味の僕なので、なおさらだ。
帰りに「
鬼河童」という、町家風居酒屋に行ったのだが、何食ってもおいしかった。
アボカドやKiriを天ぷらにするのもありっちゃありだと分かった。

たくさんの鳥居、左に奉納者、右に奉納時期が記載されている。
明治○○年みたいなものから、平成20年3月といった、つい最近の新参者までバリエーションは豊富。

狐のバリエーションもすごい。これは口から水を出す、トリッキーなポーズを決めた狐。
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- 2008/04/30(水) 01:21:42|
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正直言って意志薄弱だと思う。
今日はしっかり帰ってちゃんと寝ようと思っていたのだが、ずるずる飲み会に参加してしまった。
今は酔いが眠気に負けて、携帯でブログを書けるくらい、意識は戻っている。
お酒が入るとついついこんな感じになってしまう。
それだけ楽しんでるといえば幸せなことだが。
- 2008/04/29(火) 02:11:41|
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今日はファンタふるふるシェイカー オレンジを飲んだ。
缶に入ったファンタ オレンジのゼリーなわけだが、ゼリーが炭酸になってて驚いた。
そういえば、二酸化炭素を加圧してフルーツを炭酸にするってやつをテレビで見たことがある。
CO2がらみの研究をしているのに、ファンタを飲んで新発見をするとは思わなかった。
タイトルはなかなかいかついが、自殺したいわけでもなく、本の内容自体も自殺についてはあんまり書いてない。
むしろ、肉体の消滅は物自体(根本の根本のようなもの)の消滅を意味しないことから、死というものを見つめ直すことについて、語られた本だ。
僕は、個体の消滅後も全てが失われるわけではない、と聞くと、あの妙に嘘っぽい天国のイメージをもってしまうことがある。
とても素晴らしい環境で、みんながニコニコ笑って幸せそうにしている例の雲の上の世界だ。
「死によって、一人の人間は一つの輪の中に戻るだけだ。」
なんてことを聞くと、輪になって天国で踊っている場面を空想していしまうのだが、この本でそういう意味をきれいに消し去ることができた。
というのも、この手のイメージをするとき、僕はどうしても個体としての、「僕の認識」が死後も残るということをイメージしてしまっていた。
幽霊みたいなものだ。
でも、そうではなくて、個体の認識は当たり前だが、脳の神経細胞が織り成すものであって、そういうものは死ねばなくなる。脳の活動は停止するわけだから。
では、何が残るか。
それは、形而上学的な、つまりものすごく根本の根本的な、方向性みたいなものが残ることになる。
ちょっと変な例えだが、それは原子間とか分子間の結合みたいなものを考えると分かりやすい。
人間の体は、多くの分子から成り立っていて、それは絶えず分解と生成を続けている。
僕の皮膚を構成しているケラチンの1炭素原子は、1年前には、オーストラリアの見知らぬおっさんが捨てたポテトチップスの入ったビニール袋のポリエステルを構成する炭素原子だったのかもしれない。
そういう原子の一時的結合のようなものが、生命体を構成している。
それは、一つに熱力学やら、なんやらの成す業なんだろうが、じゃあこの生命の存続を可能にさせ、この世界をたくさんの生き物の住むものにさせたベクトルの根本的な推進力はなんだろうか。
そいつを意志という呼び方をすれば、その意志の具現化の一つとして、一人の人間が生まれたわけで、その死というのは、具現化を終えて、またその意志の部分に戻っていくと考えられる。
著者は、この考えを仏教でいう「再生」に近いと述べている。
仏教には、「輪廻」と「再生」という2つの観念が見られるが、「輪廻」は初心者向けのものだと言っている。
つまり江原さんや三輪さんの言う、前世というものは、魂の循環というものを根本に置いている。
それが「輪廻」というものだが、それはまぁ、浅い考え方なわけである。
人の魂とか人生なんていうものは、死後は消えてしまう。
回帰する意志はそんなに、分かりやすい形をもったものではない。
死はもっともっと根本的なものへ戻ることを指す。
このイメージがこの本を読んでいるときに、すーっと理解することができた。
後ほかにも、色々書いていたのだが、全部を全部理解することはできなかった。
めちゃくちゃ薄い本なので、全部分かるかなと思ったが、甘かったようだ。
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- 2008/04/28(月) 00:50:07|
- 本
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とある会社を訪れるためにさっきまで東京にいた。
この1泊2日、純粋に楽しい時間が過ごせたように思う。
自分が本当にやりたいことは何かを、真剣に見つめ直すこともできた。
30歳前後で勝負にでよう。
モラトリアム感否めないが、とりあえず、これだけは確約で。
- 2008/04/27(日) 01:17:04|
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久しぶりに本気で酔っている。
楽しいようで色んなことに腹が立ったりもする。
まぁこれが本音なんだろう。
- 2008/04/25(金) 00:31:02|
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4月に入って研究室の新体制が始まったわけだが、しょっぱなからして結構波乱の予感だ。
内の研究室のD1、つまりM2から新たに博士課程に進学した先輩が、4月早々の退学宣言を出した。
精神的な問題が原因らしい。
確かに、生半可な気持ちでやっていけるような世界ではないとは思う。
僕は常々、生物学の世界でやっていける人間は2種類に限定されると思っている。
(1) 研究に対する目的意識の強い人
(2) 対称への愛情の強い人
まぁ、似たような分類分けだとは思うが、結構いい線いってると思う。
研究に対する目的意識の強い人は、「何が何でもこのテーマを発展させる!」みたいな、人生の主目的を研究に照準を合わせられた人だ。
こういう人は多いようで結構少ないと思う。
なぜなら、こういう風に、自分の目標というものをある照準に合わせるということは、照準探しの過程を経た後に成されるからだ。
照準探しに関しては、目的意識が高い分、それはもう徹底したものであろうから、盲目的に決定するのではなく、多くの選択肢の中から揺れながら、結論を下していくはずだ。
最終的にこの道に進むか、あっちの道に進むか悩んだ、という話はよく耳にする。
一方、対象への愛情が強い人は、前者に比べて、盲目的な人を指す。
生物学というのはそれぞれ研究の対象となる、生物や、あるいは現象があるもので、それに対する思い入れが強ければ、他の選択肢に目が移る可能性は極端に少ないと思う。
視野が狭いと言えば、それまでなのだが、この天才的な猪突猛進性が、新しい価値の創出に大きく貢献してきたことは疑いの余地がない。
で、この2つの分類から分かるように、ここには能力の必要性が一つも言及されていない。
頭がいいから科学者になるというのは、大きな誤りだと思う。
偏差値が高いから医学部へ行くのはいかがなものか、なんてことは、そこらへんで掃いて捨てるくらい言われていることだが、この場合も同じ矛盾が当てはまることになる。
僕の意見としては、向き不向きの議論もあるけれども、自分の下した決定には責任をもたなくてはならないとも思う。
だから、4月早々退学なんか止めて下さいよ。
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- 2008/04/24(木) 01:33:41|
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なんともまぁ、ぐだぐだした日というのは時たまある。
今日はそんな日だったように思う。
あぁ、明日から頑張らないと。
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- 2008/04/23(水) 01:49:39|
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質より量だとか、量より質だとか、なんに関してもこの手の議論はよくあるものだ。
でも、殊睡眠に関しては、何かと量の方が議論になる。
5時間以下の睡眠続け死亡率1.7倍に 7時間寝ようよく眠ること → 長い時間眠ること
という固定観念みたいなのがどうしてもある。
性欲、食欲、睡眠欲。
いわゆる三大欲求の中で、「質より量」の議論がもっともなされているのは、睡眠欲くらいじゃないだろうか。
正直僕は、睡眠の質がよくないと思う。
夜中に目を覚ますことはよくあるし、寝ている間もよく体が動く。
金縛りもたびたびある。
どうにかして、この劣悪な、99円ショップの生野菜のようにチープな品質の睡眠をなんとかできんもんだろうか。
僕にだって時には、あまり長く寝ていないのに、すかっと目覚めることがたまーにある。
こういう日の頻度をなんとか上げないと。
睡眠というのは脳の一種の状態だから、この状態への移行を上手く行えればいいんだと思う。
多分この状態というのは、あまり能動的に移行できるようなもんじゃないだろう。
精神状態の移行…
マインドコントロール…
瞑想…
よからぬ方向に思考が赴いたので、今日はここで中断しよう。
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- 2008/04/21(月) 23:24:54|
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2月はなんで28日までしかないの?と聞かれれば、
「はい、知りません。」
と、答えるのが普通だが、くやしいのでネットで調べてみた。
理由へー、なるほど。
要するに
1. 偶数月は30日、奇数月は31日(30×6 = 180、31×6 = 186)合計すると366で1多いので、当時の暦上最後の2月から1をひくことに(この時点で2月は29日)
2. ローマ皇帝アウグスタスが自分の誕生月の8月が30日であることに怒って、無理矢理31日に。その結果、8月以降は、偶数月が31日、奇数月が30日になり、余った1日を2月からひくことに(2月は28日まで)
という2段階を経たらしい。
これを聞くと、なんだかぼかすか引かれまくって、2月が少しかわいそうに思えてきた。
そもそもアウグスタスが9月生まれだったら、奇数月は31日、偶数月は2月以外30日と、とても覚えやすかったのに、この野郎。
ちなみに、西向く士、英語ではこういう覚え方をするらしい。
Thirty days hath September,
April, June, and November;
All the rest have thirty-one,
Excepting February alone
Which hath but twenty-eight, in fine,
Till leap year gives it twenty-nine.
うぅーん…。
まんまやんか。
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- 2008/04/20(日) 23:18:31|
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こないだのアメリカ旅行で気になっていたことを、英会話の先生に尋ねてみた。
何かというと、テレビのCMで、処方箋のいる薬が放送されていたことだ。
日本では、バファリンやら、ドリエルといった、処方箋のいらない薬のCMを見ることはあるが、アメリカでは、病院で処方箋をもらって薬局でもらうタイプの薬のCMが結構放送されている。
どうやら、これは法律の変更が関係しているらしい。
日米問わず、医者が薬を買うときには、その営業役として製薬会社の
MR(Medical Representative)が活躍する。
で、どうもアメリカでは医者とMRの間で賄賂やらが横行したために、そこのつながりを制限するよう規制が設けられた、とのこと。
製薬会社は営業に使うお金を宣伝費に回して、テレビで薬のCMが流れるようになったという。
患者は医者に向かって、「テレビで見たあの薬をちょうだい」とよく言うそうだ。
製薬会社と患者の仲介に医者がいると考えれば、仲介業者がなくなったことで、より自由な流通がなされると考えられる。
でも、やっぱり商品が副作用もある薬な訳で、一般消費者が簡単に理解できるようなものじゃない。
テレビで見たからという理由で薬を選ぶのはとても危険なことに思えてならない。
特に薬のCMで一番多かったのが、抗うつ剤だった。
明日から明るく健やかな気持ちで生活を送れることでしょう!みたいな宣伝文句で、バンバンCMが流されていた。
ちょっと気分が沈んでるから、病院でもいって、CMの薬をもらおうかしら、なんて人もいるのだろうか。
自分の気持ちは自分しか分からないというが、素人判断で抗うつ剤なんかを処方するのは恐い気がする。
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- 2008/04/19(土) 00:59:41|
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単細胞から多細胞への進化について、ちょっとした話を聞いた。
ご存知の通り、単細胞生物は原核生物やら、原始的な真核生物やらを含むもので、いわば下等な生き物だ。
で、多細胞生物は文字通り、多細胞の生き物を指す。
進化の過程では、もちろん、単細胞から多細胞への道をたどってきた。
しかし、どうやって単細胞だった生物が、多細胞の生物になったのかについては、よく分かっていないことも多い。
今日、聞いた話では、この単細胞から多細胞への進化が、細胞分裂の失敗によって引き起こされたいということだ。
細胞分裂で増殖する単細胞生物が、ひょんなことから、細胞分裂に失敗し、本来2匹の生き物になるところが、2つの細胞をもつ1匹の生き物になってしまったということだ。
普通なら、こんな「失敗作」は死滅してしまうが、これまたひょんなことから、生存に適していたために、元々の単細胞生物より優位になったという。
例えば、現在の世界から多細胞生物がいなくなり、単細胞生物だけになったことを想像してもらいたい。
もちろん樹木も多細胞生物だから、人間はおろか、動物も木々もない、荒涼とした地球になっていることと思う。
単細胞→多細胞という進化の一大イベントが、「ひょんな失敗」から起こったと聞くと、なんだか切ない気もする。
もちろん、生物の進化自体が、突然変異というDNAの複製の失敗の積み重ねな訳だから、多細胞化だって同じこととみなすこともできるが、やっぱり切ない気持ちは拭えない。
人間は神様が創ったと、本気で信じていた人たちに、この話を唐突に聞かせたら、怒り狂うと思う。
高貴な魂を持った人間の起源が、「神の創造」じゃなくて、「ひょんな失敗」だというんだから、それも当然かもしれない。
もっと話を一般化して、生物の進化の根源が「ひょっとした失敗」にあるのだとしたら、社会の進化だって、同じような「ひょんな失敗」がもたらしてくれるのではないだろうか。
実際、人間の社会だって、学問や文化・芸術の世界の進歩は、一種変人とも思えるような天才達に成し遂げられたところが大きい。
そういった天才達を「ひょんな失敗」と呼ぶのはどうかと思うが、アブノーマルであることは疑いない。
正道を歩むということは、何も進歩しないことと同じなんだろうか。
そう考えると、これまた悲しい。
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- 2008/04/17(木) 23:46:44|
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ついこないだまで、朝起きてから夜寝るまでの間、眠気を感じることがなかった。
なのに、最近になって、電車の中や食後なんかに、ついうとうと眠くなってしまう。
眠気を感じないのが異常であって、眠くなるのは当然のことだと思う。
じゃあ、こないだまでの状態はなんだったんだろう。
全然眠らないわけではなく、眠りと覚醒の境界がはっきりしてるといった方が正しい気がする。
夜眠くなると気絶したように、急に寝てしまうし、それでいて朝はスイッチが入ったようにシャッキっと目覚めていた。
人間の体内時計は朝日と夕日に含まれる波長の光で、調整されていると聞くが、旅行中朝日と夕日ばっかり見ていたのが、あの状態の原因なんだろうか。
でもそれなら時差があったはずだから、もっとリズムがぐちゃぐちゃになってもいいものだ。
もしかすると覚醒と睡眠のリズムにも、光のそれみたいに、振幅と波長に分けることができて、僕が旅行中に調整できたのは、振幅の方だったのかもしれない。
ようするに、起きてるときはめっちゃ起きて、寝てるときはめっちゃ寝てるという状態が作られたのかもしれない。
ただ、何が影響したのか検討もつかない。
気持ち悪いくらい健康的な状態だったので、原因が分かれば結構得だと思うんだが、もう一回同じスケジュールで旅行に行くしか手はないようだ。

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- 2008/04/16(水) 23:57:20|
- 日記
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「
フェルマーの最終定理」で有名なサイモン・シンが暗号について書いた本。
上巻を読んだ時点では、「あぁ、やっぱフェルマーの最終定理の方が面白かったなぁ。」とやや冷たい視線だった。
というのも、この本は暗号の歴史と同じ順序で、ページが構成されているので、初期の暗号の話は、結局は暗号上の手がかり(クリブというらしい)を見つける、という一点に集約できそうな話ばかりだったので、単調な感じがしたからだ。
ところが、下巻に入ると、暗号もどんどん数学的な要素を取り込み、暗号作成者と暗号解読者の戦いが、熾烈さをましていった。
特にインターネットが誕生してからの、暗号の進化の展開はすさまじく、息を飲むような面白さが感じられた。
本当はかなり難解なことを、よくぞここまで、うまく説明できるものだなぁと感心するばかりだった。
あと、この前アメリカへ行ったときに出会った、ナヴァホ族が第二次世界大戦の暗号部隊として活躍していたと知り驚いた。
ナヴァホ族が使う言語は、動詞が主語によってだけでなく(英語の三単原のs)、目的語の種類(例えば長いもの、粒状のもの、束のもの)によっても変形する、えらく難しい言語らしい。
言語学、数学、量子力学…より安全な暗号を巡って、あらゆる学問が関わっていく様子を見ることができた。
「必要は発明の母」という言葉をまさに表している。
テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌
- 2008/04/16(水) 00:09:33|
- 本
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「若いときに読んでおけばよかった!」
という大学生協の謳い文句で、ついつい買ってしまった本。
内容はというと、よりよい思考力を養うための、暮らし方、頭の使い方を、いろいろと述べたもの。
朝の頭は、夜の頭よりもいい。
というのはなるほど、納得できたが、だからと言って、
朝の頭を一日に二度、使えるようにするために、朝飯を抜いてブランチを取って、昼寝しろ、という理解しかねる意見もあった。
でも、この本から絶対に学んでおきたいこともあった、それは「スクラップをとる」ということだ。
読んだ本のこと、聞いた話のこと、ふっと頭に浮かんだこと、どれもこれも、記憶にとどめることが可能だけれど、全部を全部記憶するのは並大抵のことではない。
そんなときに、「あっ、これは」と思ったことを、ノートかなんかに取っておいたら、結構便利だと思った。
読み返す、ということができれば、自分の考えを効率的に広げることができると思う。
一方で、記憶力をノートに依存しすぎると、記憶力の低下が進むということにも触れられていた。
「記憶力を甘やかすな」と誰かが言っていたが、確かにその通りだ。
記憶力は結構な甘ったれで、気を抜くとすぐに怠ける。
定期的に訓練しないと駄目な奴だと、最近つくづく思う。
記憶力とノートをバランスよく使えるようになりたい。
テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌
- 2008/04/14(月) 23:44:14|
- 本
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今日は友人と小旅行 in 姫路を敢行した。
姫路セントラルパークでは動物と車越しに戯れた。
間近で動物達を見ることができたので、かなり興奮した。
で、一通り満喫した後、ひょんなことから
太陽公園という、不思議な施設に赴いた。
どれぐらい不思議かというと、詳しくは
こちらを見て欲しい。
規模、意味の不明さ、どちらをとっても、とにかくすごい施設だった。
どこから、こんな意味不明な施設を建造する資金が出てくるのか、みんなで不思議に思った。
施設内を歩くと、最後には密教っぽい臭いが肌で感じられてきたので、どうやら色々とややこしい事情があるように思えてきた。
公園は福祉施設と併設されていて、帰り道には、老人介護施設のおじいさんに「家に帰れ!」と怒鳴られた。
どうも少し痴呆が進行している雰囲気だったので、「いつかは僕らもこうなるかもしれない」と思うと、なんだか胸がしめつけられるような気分になった。
始めは、こんな施設に入園料\500とられることに不平を漏らしていたけど、宗教と社会のこと、自分達の老後のことなど、普段あまり考えないことを考えるいい機会になったと思う。
100%そういう意図で造られた施設ではないが、行ってよかったと思う。

バク。
こんな生き物やったけ?
どこをとっても中途半端な生き物に思えた。
進化の途中の生き物独特の、未完成さをはらんでいる気がした。
「コイツは数100年後に自然淘汰される」
満場一致でそう思った。

えーと…。
こいつはオルメカ人という人種で…、ってことは人間で…。
否!
こやつはジャガー人間!
えーと…。
えーと…。
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- 2008/04/14(月) 00:41:36|
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内の研究室に新しく配属された新人の歓迎をこめて、花見バーベキューが開かれた。
毎年、学校から少し離れたところにある川原で行うのだが、お酒に酔った勢いで川に飛び込む慣わしがある。
毎年M1くらいまでが、川に入るので、今年からM2の僕は、もう入る必要もないと思っていたが、案の定ノリで入ることになってしまった。
着替えをもっていなかったので、ラボに帰ってから、オートクレーブ後の器具を入れる乾燥庫にパンツを入れた。
やっぱり実験用の機器ということで、乾きっぷりもなかなかのものだった。
ただ、僕のパンツのせいで、来週から妙なコンタミが頻発する可能性がなきにしもあらず…。
非常に薄い本だが、議論の行い方や天才についてなど、様々な話題が盛り込まれている。
文章も分かりやすいので、とても面白く読めた。
中でも、認識の根底をなすものについての考察がとても印象深かった。
空間の観念性ということをもっとも明快かつ単純に証拠だてているのは、われわれは空間をほかのすべてのもののように、取りはらって考えることができないという事実である。僕達の頭の中は、完全に自由なわけではなくて、ある程度の経験則の枠組みの中でしか、物事を考えられない。
その証拠として、僕達が何かをイメージするときには、必ず、空間と時間が存在している。
いろんな余計なイメージを取り払っていっても、空間があり、時間がある、ということはどうしても取払うことができない。
ここで、僕は思うのだが、例えばファミコンのマリオは3次元の世界をイメージできるのか?ということだ。
僕達は3次元空間+時間軸の世界に住んでいるから、4次元空間なるものをイメージすることができない。(妙な四角をつないだような4次元っぽい絵をイメージできるのかもしれないが、あれは無理がある)
そんなものには出会ったことがないし、もちろん出会うこともできない。
というのもこの世界自体がそうでないからだ。
だから、経験則的に僕達の頭は、そういうイメージを描くことができない。
じゃあ、ファミコンのマリオは、2次元の世界で住んでいるわけで、一生2次元の世界を見続けるわけだが、マリオ自身は3次元の世界をイメージできるんだろうか?
本当に、経験則という枠組みを取っ払うことはできないんだろうか?
マリオはx-y軸の世界で住んでいるけど、マリオの頭の中に、突然z軸が現れることは不可能だとは思う。どう画策しても、平面に線を引きまくるという徒労に終わるだろうから。
けど、そこで、「おいおい3本目の軸も設定できるじゃないか」と僕達が言えるのは、僕達自身が3次元空間の住人だからだ。
ということは、マリオに対する僕達の視線と全く同じ図式が、僕達に対する4次元の世界の住人(?)に対しても当てはまることになる。
こうなるとちょっと悲しいような、むかつくような気持ちになる。
想像は全くの自由だと思いたかったが、全然自由じゃなくて、ある枠組みの中であくせくしているだけなのかもしれない。
だからと言って、何かを諦めろとかそういうことを言ってるのではないが。
テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌
- 2008/04/13(日) 00:26:08|
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一週間くらいアメリカに旅行へ行ってきた。
帰ってきてからというもの、ものすごく早寝早起きになり、0時前だというのにもうふらふらだ。
だから、旅行中、思い出に残った写真をここに貼って、今日はもう眠ることにしよう。

初日はサンフランシスコへ。
聖火リレーでひともんちゃくあった、フィッシャーマンズワーフにて。
ここでは、パンツ丸出しで腕を振り回す白人の女学生にあった。
意味が分からなかったが、アメリカが自由であることだけは理解できた。

2日目はラスベガスへ。
オーシャンズ11で有名なベラッジオ。
英語のできなさに驚愕し倒し、カジノにはほとんど手を出さず。

3日目からはレンタカーを借りてグランドサークル巡りへ。
フォードのスポーツカーを借りた。左車線は慣れていったが、ウインカーとワイパーを間違えまくった。

3日目。ザイオン国立公園→ブライスキャニオン国立公園
ザイオンでは人になついた野生の七面鳥がいた。

4日目。ブライスキャニオンの朝日でスタート。
にょきにょきした岩が朝日で白く光っていた。
「すげぇ」しかコメントできないくらいすごかった。

4日目。アンテロープキャニオン。
その言語の難解さを買われ、第二次世界大戦で暗号特殊部隊として戦ったナバホ族が入場料を徴収するアンテロープキャニオン。
ぐにゃぐにゃした模様の岩のすきまを歩いていく。
写真を撮りまくったが、帰ってから見直すと、どれも同じに見えた。

5日目。モニュメントバレー。
ものすごい岩を見ながら、ものすごく荒れた道を車で走る。
途中から犬が車を囲み、出られなくなった。

5日目。グランドキャニオン。
キャニグラ、でかでか。
となぜかあほなギャル男のような感想をもらしてしまうくらい、でかい。

6日目。グランドキャニオンの近くにある1000Ft. Sheer Cliff。と友人。
大地が急に裂けたような地形。
個人的にグランドキャニオンよりこっちの方がすごかった。

7日目。ラスベガスに戻る。
ストラストフィアタワーの上で、すごく恐いジェットコースターに乗った。
夜景きれい。
8日目に帰る。
旅の中で、ふとアメリカという国の「浅さ」を実感することがあった。
雑な食べ物もそうだが、一番驚いたのは、フーバーダムというしょうもないダムに大勢の観光客がいたこと。
ほんとうに大したことないダムなのに、どの国立公園よりも人が大勢いた。
僕達はフーバーダムを車からちら見しただけだった。
やっぱできて2、300年の歴史の浅い国では、人の力で造ったものもそんなに沢山ないようだ。
でもやっぱり、アメリカの自然の大きさには感動しっぱなしだった。
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- 2008/04/11(金) 00:36:28|
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最近すごく規則正しい生活を送っている。
夜寝るのは早いし、朝起きるのは早い。
どういうことか分からないが、夜になると問答無用で眠りに落ち、早朝目が覚める。
おかでブログを書いたり、部屋を片付けたりといった夜やろうとしてることが、全くできないでいる。
健康的は健康的なんだが、自分の意思に反して、早寝早起きだから、ちょっと気味が悪い。
時差ボケが長引いてるのだろうか?
原理主義。
要するに、宗教的原理に立ち返ることで、世俗主義の蔓延に抗おうとする体制のこと。
この本は、キリスト教原理主義、イスラム原理主義といった真正の原理主義と、ヒンドゥー教、水戸学といったナショナリズムに近い形の原理主義について、様々な国の歴史から、その誕生の経緯を説明している。
著者が原理主義擁護よりの論調を展開してるのもあるだろが、なぜ原理主義者なるものが誕生したかが、少し納得できる。
お互い納得できれば争いも減るというが、この本を読んでまさしくその通りだと思った。
グローバリゼーションも一つの宗教なんだから、他の宗教を理解していかないと、これからも争いが増えるばかりだろう。
グローバリゼーションと平和を両立させたかったら、一人一人の各価値観に対する理解度を高めていかないといけない。
いやでも勉強しなければ。
なかなか大変な時代だと思う。
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- 2008/04/08(火) 22:59:45|
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アメリカからの旅行から帰ってきて、気付いたら4月に入り、いよいよ新年度の始まりだ。
旅行のことはこんど書くとして、せっかく新年度なのだから、性懲りもなく目標でも設定してみよう。
「月に20回はブログを更新する」前にこの目標をたてたのだから、それを守っていくことにしよう。
3月度は15回になっているが、これは学会やら旅行やらで、物理的に書けない日数が多かったわけで…、とあからさまな言い訳をしてみよう。
まあ、パソコンの前に座れない日もあるだろうから、そうでない日の3分の2書けばよい、ということにしよう。(なんだか言い訳じみてる気もするが…)
「TOEIC900取る」社会人になったら英語能力が必要なところへ行くので、今の内に勉強しておこう。
「筋トレする」というか何でもいいから運動する。
いくらなんでも運動不足すぎるので。
「100冊本を読む」読書というのは量の問題ではないことはよく分かっているが、目標立てるに越したことはないだろう。
年間100冊なら週2冊程度。無理な数字ではない。
計画倒れせんように、今年も頑張っていこう。
テーマ:日記 - ジャンル:日記
- 2008/04/06(日) 00:23:21|
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