「人の話を聞いてないでしょ。」とポスドクに指摘された。
むむむ…。
確かに僕にはそういうところがあるのかもしれない。
聞いていないわけではない。
もちろん、聞いているのだけど、他の事を考えているところがある。
むしろ、他の事も一緒に考えているところがある。
「自分で話をしてて、途中から他の事考えているでしょ。」とさらに指摘された。
むむむ…。
それもある。
プレゼンとかで、スライドをポインタで指しながら話しているとき、2割くらい話した後は、他の事を考えている。
残りの8割は惰性でいっている。
口の横にある、再生ボタンをポチッと押して、スライドの説明が始まる。
僕の意識自体は、「はい、さようなら。」という感じで、他のところへ出かけてしまう。
口ぶりはと言えば、その人いわく、とっても流暢。
スラスラスラ、淡々とした語りっぷり。
ただし、面白味がない。
興味なさげに話してしまう。
「それは、一つの特技。誰にでもできる芸当じゃない。けれど、そのせいでいつか痛い目に合うやろうから気をつけや。」
と最後の通告。
なるほど。
人の話をもっとたくさん聞こう。
自分の語る言葉に興味をもとう。
痛い目に合いたくはないから。
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- 2008/07/31(木) 23:47:07|
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何か面白い映画とか本とかない?と唐突に聞かれ、うーんと困ってしまった。
ぱっと瞬間的に浮かんだのが「働くおっさん劇場」だった。
「それって面白いの?」
と聞かれたので、
「多分、めっちゃ面白いって人と、嫌悪感感じる人の2つに分かれます。」
と答えた。
全くもってその通りだろう。
僕の周りの人も、面白いと言う人と、あれはあかんという人に分かれる。
僕個人としては、もちろん面白いと思う。
電車で会う数々のおっさんの中に、野見さんクラスの人がいるんだろうか。
DVDを買いたいところだが、値段を見てびっくりした。
YouTubeで我慢しよう。
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- 2008/07/30(水) 01:05:03|
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喉が痛い。
しゃれにならないくらい。
痛み出してからかれこれ1週間になる。
風邪っぽいから多分風邪なんだろうが、なにせ喉が痛い。
病院に行くべきなんだろうが、なにせ喉が痛い。
喉が痛いのだが、なにせ喉が痛い。
こういうときは何をすればいいのか、色々調べたが、結局のところうがいが一番いいらしい。
答えがシンプルで非常によろしい。
ということで今日からうがいをしまくろう。
そしてできる限り早く寝て、早く学校から帰ろう。
中間報告会も終わったんだし、今休まないつ休むねんって感じだ。
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- 2008/07/28(月) 22:56:04|
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今日はTOEICを受けてきた。
前回受けたのは去年の10月だから、かれこれ10ヶ月経ったことになる。
研究室の後輩と寿司を賭けてスコア勝負をしているのだが、結果はどうなることやら。
今日の試験の結果は1ヶ月くらいしないと返ってこないので、寿司を食べるにしても、食べさせるにしてももう少し先の話になりそうだ。
にしても、マーク式のテストを返却するのになぜ1ヶ月もかかってしまうのだろう。
高校生の記述模試の採点のバイトをしたことがあるが、文章問題とかで○にしていいのか△にしていいのか判断し難い解答なんかもあるから、時間がかかるのはうなずける。
けどマークなんてピッと機械を通せばすぐ結果がでるんじゃないか。
受験者が多いのもあるだろうが、それを考えても1ヶ月はどうかと思う。
そういえば、内の研究科の院試がもうすぐあるが、あれなんかは、専門と英語の記述式問題を受けて、次の日に結果が出る。
先生達は夜通しで採点をしなければならないらしい。
それを考えれば、TOEIC運営委員会なんかはTOEICしかやってないんだから、もっと結果を早くだせる気がしてならない。
まぁ愚痴を言っても仕方がないが。
とりあえず、TOEICが終わったので、次は本格的に英会話の勉強に取り組もう。
リーディングや語彙はとりあえず置いといて、スピーキングに注力しないと。
今の会話力じゃ、来年から英語を使って働いているという実感がどうしても湧かないから、なんとかレベルアップしなければ。
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- 2008/07/28(月) 00:04:47|
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これまたラボのポスドクから借りた本。
2070年の宇宙を舞台にしたマンガ。
絵があまり上手じゃないみたいで、主人公の顔が安定しないところなんかがあるが、とても面白かった。
何より設定がとても細かくて、本当に宇宙に人間が住むようになったら、こういうことが起こるんじゃないかと思ってしまった。
主人公の精神世界と、宇宙の暗闇を対比したところは、読んでいてどんどん引き込まれていく気がした。
読んでいて、僕も幼稚園のときは宇宙飛行士になりたいと言っていたことを思い出した。
ただ不思議なことに、小学校に入ってからは宇宙に対する興味を失ってきたように思う。
大阪では星がそんなに見えないこともあるし、何より小学校の理科の授業で、星座やら太陽の動きを暗記するのがすごくめんどくさかった。
地学の授業をもっと充実させたら、日本人の宇宙飛行士ももっと増えたりするんだろうか。
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- 2008/07/27(日) 00:36:48|
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村上春樹がオウム信者にインタビューした本。
地下鉄サリン事件の被害者にインタビューした前作「アンダーグラウンド」の対となる本。
この本も、ラボのポスドクから借りた本だ。
前作のアンダーグラウンドは読んだことがないのだが、ポスドクの人が読んだことがあると勘違いして、貸してくれた。
地下鉄サリン事件といえば1995年で、僕は小学校4年生だった。
当時はテレビのニュースがオウム一色にそまっていたから、僕も含めて悪ふざけが好きな小学生は、やれ麻原だ、やれサティアンだと訳もわからず騒いでいた。
ものすごく大変な事件が起こったということは感じていたものの、マスコミが面白おかしく飾り立てた以上のことは、小学生の僕にはよく分からなかった。
この本を読んで、あの事件が単なる一過的な事件でないことがよく分かった。
有名大学の理系出身者が、なぜこんな馬鹿げた新興宗教に走ってしまうのか?
当時マスコミが騒ぎ立てた文句だが、自分が実際その立場になってみて、間違ってはいるけど、分からないではないと感じてしまう。
学校では理想ばかりを教えられ、それに突き進んでいさえすれば、何もかもうまくいくかのように思っていた。
さあ就活しましょう、会社を選びましょう、将来を描きましょう、と急に言われて、あぁ現実に目を背け続けていただけだったんだ、と気付かされる。
そういうときに、それまでの自分を全肯定できるような場所「約束された場所」があったら、たとえそれがよく分からない集団であっても、足が進んでしまうのかもしれない。
何もあの事件は起こって当然だったと言いたいのではなく、1995年から13年が経過した今でも、心がグラグラで、どう転んでしまうか分からないような若者が沢山いるということだ。
むしろさらに増えているのかもしれない。
僕は「修行」とか「出家」とかいうものの意味が分からない。
で、意味の分からないものには付いていきたくない。
それに、一つの視点に固執し続けるのも好きじゃない。
救いといえば、そこらへんが救いなのかもしれない。
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- 2008/07/25(金) 00:10:19|
- 本
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今では絶版になっているという、村上龍と村上春樹の対談本。
どうしてこんなレア本をもっているかというと、ラボのポスドクから借りたからだ。
タイトルに村上龍vs村上春樹とあるが、何も戦っているわけではなく、「最近のジャズは駄目だね。」という具合に愚痴っているような会話が続く。
村上龍がちょうど三作目である「コインロッカーベイビーズ」を出した直後にこの対談がなされたらしく、結構のりのりの論調で村上龍は話している。
一方で村上春樹は、これからどうなるのかな、という少し控えめな印象を受けた。
そういえば「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」でも、村上春樹が村上龍のことを誉めていたので、小説の感じは全然違うけど、お互い認め合う仲なんだなと思った。
この本の最後で、村上春樹が「村上龍は小説家じゃなかったら、何になっていたんだろう。」と疑問を抱いているが、最近のJMMやカンブリア宮殿なんかみてると、確かに、とうなずいてしまう。
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- 2008/07/23(水) 21:39:23|
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「崖の上のポニョ」を観た。
宮崎駿も公式サイトで、「少年と少女、愛と責任、海と生命を描いた」と言っているように、かなり、この映画にはテーマがあるんだなということが感じられた。
僕としては上述のテーマ以外に「結婚」というものも描かれているような気がした。
「結婚」を「愛と責任」に含めるならば、なるほどそれもいいかもしれない。
「少年と少女」「愛と責任」は解釈が要求されるテーマだと思うので、そういう解釈が嫌いな人は観ていてしんどいかもしれない。
「テーマの存在」というのがアニメーション映画にとって必要なのかどうか?というのはかなり疑問を呼ぶものだろう。
例えば、音楽にはメッセージなんかいらない、必要なのは楽しめるかどうかだ。と考える人は「崖の上のポニョ」に否定的な感想をもつだろう。
僕はそういうメッセージ性もありだと思っているので、楽しく観ることができた。
「海と生命」については、誰がどう観てもひしひしと伝わってくると思う。
「海、すげえ」とか「海、気持ち悪ぃ」と何度も思ってしまった。
今までのジブリの作品と絵のタッチが少し違い、全体的にまるっこくて、陰影が少ない作風がとてもきれいに見えた。
ピクサーの3DアニメがNo.1だと思っているアメリカ人には、こういう感じは分からないんだろうなぁと思った。
なにはともあれ、かわいらしいポニョと、「リサカー」「半魚人」という素敵なフレーズに出会うことができたので、とても良い映画だと思った。
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- 2008/07/20(日) 00:57:21|
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コンピューターは完璧ではありません。
おっしゃる通りでございます。
人間が造ったロボットが反逆を起こす、どこぞの近未来SFファンタジー映画を観るよりも、今日はこのメッセージが心に響いた一日だった。
もうすぐ研究の中間報告だから、意気込んで実験に取り組んだ。
夜遅くになって、やっと欲しかったデータを得ることができた。
USBフラッシュメモリーにデータを移し、意気揚々と自分のパソコンにデータを落とすと、
「ファイルが壊れているためコピーを中断します。」のメッセージ。
おまけに元データも消失。
それまでの何時間にもおよぶ実験が全部パァ。
なんとか復旧する方法はないかとあくせくしたが、どうにもこうにもならない始末。
まじかよ。
まじかよ。の連発。
先輩にお助けを頼んだが、無理なもんは無理という結論に至った。
顔面全体に絶望と虚無感を漂わせながら
「何時になってもいいから、もっかい実験します。」
と、なげやりな言葉を漏らすと
「今のお前の精神状態で、結果が出せると思うか?」
と先輩の一言。
「出せません。お家に帰ります。」
だから、明日、頑張ろう。
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- 2008/07/18(金) 00:11:58|
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芥川賞を中国人が初受賞したというニュースが飛び交う中、僕は昭和62年の芥川賞受賞作「スティル・ライフ」を読んだ。
なぜ、この本を読んだかというと、単純にラボの先輩が僕に貸してくれたからだ。
この本には芥川賞受賞作の「スティル・ライフ」と、もう一つ「ヤー・チャイカ」という作品が載っている。
僕個人としては、「スティル・ライフ」よりも「ヤー・チャイカ」の方が面白かった。
というのも「スティル・ライフ」の方は話がとてもシンプルで、作品が言わんとしていることも、とてもさっぱりしていたからだ。
そのさっぱり感が、僕には少しものたりなかった。
一方で、「ヤー・チャイカ」の方は現実世界で起こる父と娘とロシア人の物語の合間合間に、少女と恐竜の寓話のようなものが現れ、それが何を言おうとしているのかを考えながら読むのが楽しかった。
本を貸してくれた先輩に「あの恐竜は結局何だったんですか?」と聞くと、「あれは核爆弾のことや。」と思いもよらない答えが返ってきて、とても驚いた。
なにわともあれ、楊逸さん芥川賞受賞おめでとうございます。
母国語以外で小説を書いて賞を受賞するなんて、何とも凄い話だ。
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- 2008/07/17(木) 00:27:39|
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タイトルの通り、村上春樹と河合隼雄の対談が収められた本。
湾岸戦争から小説にいたるまで、幅広い話題に関して二人の議論が展開されている。
この本の中では「ねじまき鳥クロニクル」がたびたび登場するので、大学の2回生のときに「ねじまき鳥」を読んだ僕としては、この対話本を読み進むにつれて、もう一度「ねじまき鳥」を読みたくなってきた。
個人的には「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」の方が「ねじまき鳥クロニクル」より好きだ。
けれどその理由の一つに、僕がきちんと「ねじまき鳥クロニクル」を消化できていないことがある。
大学2回のときに読んだから、あれから4年経ったことになる。
この4年間は結構考えさせられることがたくさんあったので(特に研究室に配属してから)、今「ねじまき鳥」を読めば、前読んだときとは違うものが感じられるかもしれない。
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- 2008/07/16(水) 00:14:10|
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最近は来年から外資系の会社ではたらくことを考えて、英語に触れる機会を積極的に持つようにしている。
それでふと思ったのだが、「○○のときは、△△しなさい」といったアドバイスを受けると、日本語だと「そうかもしれんけど、僕は◇◇したほうが正しいと思うな」と自分なりの解釈をしてしまうのだが、英語で同じアドバイスを受けると、結構「はい分かりました」となってしまう。
非常にシンプルにアドバイスを受け入れてしまう。
これは、僕が英語をかっこいいと思っているとか、外人にしり込みしているとかいう訳ではない。
なんというか、そのアドバイスが、ただの記号のようなものに感じられてしまうからだと思う。
価値判断を迫られるような意味の詰まった文章として僕の頭に入ってこない。
もちろんリスニングの能力の問題もあると思うが、それが全ての原因ではない気がする。
恐らくこの違いはこの先もずっと続くような気がして仕方がない。
どっかの哲学者が、人の心は言葉でできていると言った。
僕はそれを聞いたとき、その意味がよく分からなかった。
言葉は言葉であって、心にあるイメージを形作ることはできないと思った。
けれど、母国語でない英語に触れるようになって、かなりひしひしと僕が日本語的にものを考えていることが分かってきた。
僕の精神的な部分には日本語が根を張っていることが分かってきた。
英語を使うときと日本語を使うときを完全に分断すれば(つまりルー大柴状態を完全に防げば)、一人の人間の中に2つの精神を作ることができるんじゃないかと思ってきた。
でも多分、母国語の方が支配的になってきて、根本では1つに統合されるんだろうとも思う。
仕事のときは、心の中で使う言葉も英語、私生活は完全な日本語という生活をしたら、どんな人間になるんだろう。
意外と気が狂ってしまうのかもしれない。
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- 2008/07/15(火) 00:16:47|
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村上春樹が日本文学における「第三の新人」作家の短編を解説する本。
タイトル通り、「若い読者のための」とあるので、高校生までのことかな、と読む前に戸惑ってしまったのだが、本のはじめに、「日本文学を系統的に読んだことのない十代後半から20代前半の読者」と書いてあったので、23歳の僕としては、ぎりぎりセーフということで少しほっとした。
まぁ年齢よりも「日本文学を系統的に読んだことのない」というところの方が重要そうだから、その点では僕はどんぴしゃりとあてはまるので問題はないのだが。
で、本の内容としては6人の作家の短編が紹介されているのだが、紹介される短編のテキスト自体は掲載されていないので、読みたかったら図書館などへ行って探さなければならない。
立ち読みも何もせず買ったので、そのことを知ったときは落胆したのだが、そういえば家には、「日本の文学」という分厚い本が80巻そろいで置いてあることに気付いた。
親が文学好きで読んでいたのかと言えばそういうわけではなく(実際両親に聞いたら一度も「日本の文学」を開いたことはないと言っていた)、単に飾り的な目的で並べられているらしかった。
6人の作家の内、吉行淳之介と安岡章太郎、庄野潤三は見つけることができたのだが、小島信夫、丸谷才一、長谷川四郎は「日本の文学」には掲載されていなかった(ちなみに吉行淳之介の作品は掲載されていたが、「短編小説案内」で紹介されている「水の畔り」という短編は掲載されていなかった)。
2つの作品についてはテキストの短編を読んで、「短編小説案内」を読んだのだが、ここまでしっかり読み込んでこそ小説なのだなぁとつくづく感嘆させられた。
テキストというくらいだから、2度、3度と読むのは当たり前なのだろうけど、同じ本をあまり2回読んだことのない僕にとっては、小説家であっても、というか小説家だからこそ、ゆっくりとそして何度も作品を読み込むものなのだなぁと少し驚いた。
文章をじっくり読む、ということになると僕はどうしても英語の論文を読み込むことを頭に浮かべがちなので、単語単語の意味することをゆっくり掴んでいって、一文一文を構造化しようと試みてしまう。
というのは、生物系の論文なんていうものは全体としては大して複雑な構造を持っていないので、近視眼的に読み込めば、後は単純な論理プロセスで全体を把握することができるからだ。
けれど、そんなことをしていては、どうしても全体を全体として把握することが疎かになる。
短編小説は「短編」とはいえ、全体としての構造をもっているので、要素分解的な方法で読み込むには限界がある。
食べ物を例にすると、論文的な読み方は、パフェをパーツごとに食べる様なもので、「あのパフェのイチゴはおいしかったが、クリームは濃すぎた」という感じになる。
小説になると「あのパフェがおいしかった」というように、味わい方が違ってくる。
(例としてあげたが、僕はパフェをパフェとして食べたことがないように思う)
まぁどっちがいいとか悪いとかじゃなしに(実際小説でも単語をひろっていくような方法が必要なときもあるだろうから)、しっかり読み込むに越したことはないのだから、僕も色々考えながら本を読んでいこうと思う。
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- 2008/07/13(日) 01:33:34|
- 本
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哲学という言葉は、非常にコアな印象を与えがちだ。
仙人が山に篭もり悶々と思索に耽る。
それか、書籍の山に埋もれ難解な文章をこねくり回す。
そんなイメージを抱いてしまう。
どんなイメージにも共通するのが、社会から隔絶しているということ。
確かに、哲学というのは一人でするものであって、最近の科学のようにプロジェクトを組んで、みんなで「えいや」と行うようなものではない。
だからといって哲学は社会と全く無関係な孤独な個人の営みなのか?というと、そうではない。
ということを教えてくれるのがこの本だ。
自分というものを「見る」ためには、必ず関係が必要になる。
他者との関係。自分以外の人間からの視座。
そういうものがない限り、より自己自身にせまるように自己を見つめることはできない。
社会は単なる動物の「群れ」ではない。
岩波ジュニア新書という名前からも分かるように、これはジュニアに向けた新書なんだろう。
だから、未来を担うジュニアに明るい考え方をもってもらおうという姿勢が表れることは当然だと思う。
けれど、それがジュニア向けの表面的な考え方だとは到底思えない。
深く深く自分を突き詰めると、社会から離れがちになるものだが、現代社会がそもそもどういう思想に基盤をもっているのか、ということを知れば、自ずと自分の方向性も見えてくると思う。
事実として、全ての哲学者が哲学書を世に広げてきたのだから。
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- 2008/07/11(金) 00:37:31|
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今日は久しぶりに講義に参加した。
M1の間に講義の単位は全て揃える計画だったのだが、就活で後期はほとんど講義に出る余裕がなかったので、今の今まで引き伸ばしになっていた。
久しぶりに講義に出てみると、普段の代わり映えのしない研究室の生活から、一歩外に出れたような気がして中々楽しいものだった。
講義の内容はというと「生命倫理学」というのもので、主に臨床や人を対象にした研究に関する、インフォームドコンセントをテーマにした内容だった。
講師の先生が東大の医療倫理なんたらから来た人で、驚いたことに生命科学じゃなく、哲学出身の人だった(しかも顔が向井秀徳に似ていた)。
カント好きらしく、カントの話を結構講義中にも披露していた。
普段触れることのない哲学の講義なんかを聞けて新鮮だったのものあるが、何よりも先生のプレゼンがとても分かりやすく面白かった。
倫理問題なんていう一面的に問題を捉えるだけでは決して解決され得ない分野では、様々なバックグラウンドをもっている人が協力しなければならないことがとてもよく分かった。
実際、哲学者が語ってくれる医療倫理問題は、医者が語るそれよりもより切実だったように感じた。
生命科学出身の人を集めて倫理問題を議論したところで、どうせ遺伝子名だけが蝿蚊のように飛び回る不毛な話に終始するのがオチだろう。
一方で
研究開発戦略センター(CRDS)とかいう組織が違う先生の講義で紹介されていたが、こちらは大学の先生をよせ集めただけのような組織で、おいおいそれじゃ何も変わらんやろが、と突っ込みたくなった。
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- 2008/07/09(水) 00:28:51|
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This is TANABATA.
今日、7月7日はそういえば七夕だ。
幼稚園や小学校の頃は、短冊に願いごとを書いたり、折り紙をのりで貼って輪っかにしまくった思い出がある。
で、いざ20歳も越えてくると、七夕というイベントは他のどのイベントよりも急速に生活から遠ざかっていく気がする。
僕も今朝、後輩に今日は七夕ですね、と言われるまで全く気付いていなかった。
どうしてだろう?
思うにそれは、食べ物がないからだ。
ひな祭りならひなあられや甘酒やちらし寿司。
節分なら豆や恵方巻き。
と、それぞれのイベントは何らかの食べ物をもっている。
だから、コンビニやら何やらで「あっ、ちまきが売ってる。そういや5月5日か。」的な感じで、そのイベントを思い出すことがある。
それに、昔から特定の日に特定のものを食べていたら、そのイベントの記憶の定着もしっかりしたものになるんだろう。
じゃあ七夕は何食べたっけ?
と考えると、特別なものは何も食べていないことに気付いた。
若干ひな祭りとごっちゃになって、あられ的なものを食べたかもしれない、なんて思ったが、単なる思い違いだった。
「バレンタインにチョコレートを食おう!」なんていうのはチョコレート会社がでっち上げたイベントなんだから、いっそのこと、「七夕にはカルピスを飲もう!」なんてことをでっち上げればいいんじゃないだろうか。
「正月にはカレーを食おう!」なんてことを平気でCMする輩もいるわけだから、そのうち「まじで!?」ってやつが出てくるかもしれない。
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- 2008/07/07(月) 23:55:21|
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著者である村上龍自身が「これは楽しい小説である。」とあとがきで述べているように、本当に楽しい小説だった。
それに、「こんな楽しい小説を書くことはこの先もうないだろう」と述べているように、村上龍の小説らしくない楽しさを感じた(メッセージは他の小説と似たものを感じたけれど)。
徹底的に人生を楽しんでやるという主人公ケンの決意。
あぁ、僕もいろいろ楽しもう。
- 2008/07/06(日) 22:36:09|
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7月に入り、今年も猛暑になりそうだな、と認めざるを得ないくらい、暑くけだるい日が続いている。
毎朝家から駅までの道を歩くだけでも、汗が出てくる。
冷房のきいた電車内に入っても、まだ安心してはいられない。
汗が落ち着くまでには時間がかかる。
スイッチのオン・オフのように簡単に体の状態を切り替えることはできない。
早く汗が止まることを願いつつ、本を開く。
なんとなく、本を読む。
そんな感じで読み終えた「ナイン・ストーリーズ」。
著者は「ライ麦畑でつかまえて」で有名なJ.D.サリンジャーだ。
タイトルからも分かるように、9つの短編が一冊になった本。
僕としては、最後の2つの話、「ド・ドーミエ=スミスの青の時代」と「テディ」が面白かった。
良い小説というのは、読む人の心をかき混ぜるような小説だと僕は思っている。
かき混ぜた結果どうなるかは別の問題として。
そういう意味では、この短編小説は良い小説だと思う。
ただ、良い小説が心をかき混ぜるといっても、かき混ぜられる心の方もある程度準備が必要なのだろう。
例えば、小石が入ったボウルを、泡立て器でかき混ぜても、何も起こらない。
ボウルには液体や粉末が入っていないと変化は起こらない。
だから、汗が止まってから読むべきだったと思っている。
テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌
- 2008/07/05(土) 22:52:09|
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古本屋で非常に安く売っていたので買った本。
薄い本のせいか、深いことを語ろうとして、ページ的に仕方なく削った箇所が結構あったように思う。
世界の限界とは何だろう?
という疑問がこの本のテーマになっている。
疑問の答えはこんな感じだ。
世界の限界というものが、前提としてびしっと存在するわけではなく、世界というものは、世界を見る者が、世界を経験することでその都度その都度限界を拡張していくようなものだから、世界の限界へ近づいていく、みたいな考え方は、静的な世界の限界を前提としている点で、そもそもおかしい、みたいなことを言っている。
丸い円で描いたような世界があって、その中に僕達がいて、というような集合論みたいな図式よりも、世界がもっと動的に動いているような感じの方が正しい見方だ、ということを言っているように思えた。
あぁなるほどな、とは思ったのだが、どうもガツンとくるほど、そうか!という感じを味わうことができなかった。
これは僕が思うに、一人の哲学者が人生を賭けて挑んだ思想的な戦いを、僕がこういう薄い本を手に味わってみようという浅薄な考えを抱いていたことに原因があるのだと思う。
真剣に、真剣に考えれば、もっともっと見えてくるものもあるだろう。
テレビショッピングで売っているようなお手軽グッズでは、ガチのアスリートの体なんて作れない。
テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌
- 2008/07/04(金) 00:20:07|
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女子高生が“出産協定”17人妊娠 米マサチューセッツ州
http://sankei.jp.msn.com/world/america/080621/amr0806211005004-n1.htmアメリカはボストンの近く、グロスター市の高校で、女子高生17人が妊娠し、"children having children news"として話題になっているそうだ。
17人という人数もさることながら、どうもこの女子高生達が、お互いに生まれた子供を育てよう、などという協定を結んで、一斉に妊娠したという。
しかも父親の一人は25歳のホームレスだという。
かなりインパクトの強いニュースだが、なぜこんな話を持ち出すのかというと、今日の英会話の授業で、このニュースについてディスカッションをしようということになったからだ。
どうもこの事件の原因の一つに「妊娠はかっこいい」というアメリカの若者の意識が関わっているという。
ブリトニースピアーズの妹が16歳で妊娠、17歳で出産し、16歳の妊婦が主人公の映画「JUNO」のブームが、"pregnancy is cool"の火付け役のようだ。
この事件自体は高校で起こったので、学校側に責任があるんじゃないか、と世間が騒ぎ立てるのは、日本もアメリカも同じことで。
性教育の扱いづらさは、結構ずばずばものを言うアメリカ人にとっても、悩みの種だという。
保護者は「教えにくいだから、学校にまかせよう」という姿勢で、学校は学校で「プライベートな話題は家庭で扱ってもらおう」として、うやむやになってしまうらしい。
そいうえば、僕は小中高で、どんな性教育を受けたかなぁ…としばらく考えてみたが、とにかく男子生徒同士で騒ぎ散らしたことしか思い出せず、授業の内容なんかは全然頭に入ってなかったんだなと思った。
このニュースはこのニュースですごく印象深いものなのだが、先生の語ったアメリカの真実の方がかなりショックだった。
というのは、このニュースがこんなにも話題になった原因は、事件がマサチューセッツで起こったからだという。
マサチューセッツはアメリカの中でも白人の多い地域で、事件のあった高校も生徒のほとんどは白人だ。
つまり、白人の女子高生が17人も一斉に妊娠したことがニュースなのだ。
大げさな話、たとえ、黒人の女子高生が何人一斉に妊娠しようともたいした話題にはならないのだという。
これを聞いたときは「えぇーー!」と叫んでしまいそうになった。
自由の国、人種の坩堝とはいえ、依然として人種差別は残っている。
例えば、白人の7歳の女の子が誘拐されれば、大きなニュースとして報道されるが、黒人の7歳の女の子が誘拐されても、「そんなことか」みたいな具合に扱われるだけで、ニュースで大きく報道され
ることもないらしい。
マスメディアも需要と供給の関係に従うとはいえ、これは何だかとても悲しい。
とはいえ、日本でも秋葉原の事件の報道では、21歳の女性被害者にばかり注目しっぱなしだったわけで、古今東西マスメディアはなかなか情けないものだ。
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- 2008/07/01(火) 00:22:03|
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